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科学な本のご紹介:  応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱

科学に佇む書斎
【2016/11/09】



応仁の乱『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』

科学の本応仁の乱勃発当初は京都のみが戦場であったが、やがて戦乱は地方に波及し、全国各地で合戦が行われた。これだけ大規模で長期にわたる戦乱なのに、大名たちが何のために戦ったのか見えてこないというのは不思議である。

科学の本奈良というと、何を思い浮かべるだろうか。「鹿」という人もいるかもしれないが、東大寺の大仏を真っ先に想起する人が多のではないだろうか。しかしながら中世においては、奈良とは興福寺のことであった。

科学の本第一次世界大戦において、両陣営の首脳部・国民が戦争の早期終結を信じていたにもかかわらず、塹壕戦によって戦争が長期化したことはよく知られている。
 応仁の乱においても、防御側優位の状況が生じた結果、戦線が膠着したのである。

科学の本足軽に最も期待された役割は、敵の補給路の遮断、補給施設の破壊である。足軽たちは機動力を活かして略奪や放火によって敵軍を疲弊させた。

科学の本懲罰として「名字を籠める」という措置を行っている。「名字を籠める」とは何か。植田信廣氏や酒井紀美氏の研究によれば、寺社に反抗した者の「名字」を紙片に書き付け、それをどこかに封印し、呪詛(じゅそ)する行為を意味するという。

科学の本禅宗用語の「淋汗 りんかん」は、禅宗寺院で夏に入る風呂を意味する。中世においては風呂を焚くことは、客をもてなす趣向の一つであった。

科学の本中世の稚児(ちご)は一種のアイドルであり、美しい容貌の稚児が華やかな衣装に身を包んだ流鏑馬(やぶさめ)に人々は熱狂した。








『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』
 呉座勇一
 中央公論新社
 


当時は方違えとかめちゃめちゃやりまくってたんじゃないかと思うけれど、言及はなかったような気がする。


 →『ミニ特集:昔の日本の本 その1』
 →『ミニ特集:昔の日本の本 その2』

 



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