プシコ ナウティカ イタリア精神医療の人類学


イタリアの精神医療は、バザーリアというスゴ改革者さんが登場したおかげで、患者を隔離病棟から開放!できた。
地域社会に、自由に生きる精神病患者さんたち。
イタリアの精神保健の有名なモットーに、「近づいてみれば誰一人まともな人はいない(Da vicino nessuno è normale)」という言葉がある。
1978年に法律180号が成立し、この法律を契機として精神病院が開放されることになったという。1999年には最終的にイタリア全土の公立精神病院がすべて閉鎖されていた。
病気と社会的排除という二重の現実。精神的疎外と社会的疎外という二重の疎外。だからこそ、精神医療にたずさわる者は、医学的な次元と社会的な次元という二つの次元で闘わなければならない。
生活に真の変化をもたらし、人生を選択できるようになるためには、現実的な能力や技能が必要である。こうした「現実的な能力や技能」を私たちは子供の頃からどれほど磨いてきただろうか。
精神保健センターの仕事は、そのような「現実的な能力や技能」に関わるものである。したがってそれは「真の希望」に関わる。社会契約のなかに入り、市民としての自由を行使することは、行動の現実的な可能性を開く。
そうした現実的な可能性こそが希望を生み出し、そのことが未来への指向のなかで日々を生きることを可能にしてくれる。それが薬の量を結果的に減らすのである。現代において、人は空想やあるいは妄想についてはたやすくもてるかもしれないが、本物の希望をもつことは難しい。
現代はとりわけ労働が、多くの場合、経験を深めていけるような類いのものではなくなっている。
「自己効力感 なにかできる・やれる感」を得られるような活動や環境から切り離されたときには、人は〈主体〉であることも、「人間」であることも難しくなる。病者を治すのではなく、社会を治すのである。それも、精神科医が精神病院で病者を治すのではなく、社会が自らを治すのである。
フランコ・バザーリアの研究をしている知人の人類学者、松嶋健さんの博論が本になった。大変な労作。松嶋健『プシコ ナウティカ イタリア精神医療の人類学』(世界思想社) pic.twitter.com/HebrMlb7U1
— 井上リサ☆11/27〜若狭原電紀行 (@JPN_LISA) 2014, 10月 8
『プシコ ナウティカ』こんなに素晴らしい読書は久しぶり。自分が言葉にしたかったことが言葉にされていることの喜び。そして、繋がっている。あのとき感じていたことが言葉になっている。わたしはもっと風景になりたい。
— 黒沼佰見 (@100ken) 2015, 6月 21
プシコ ナウティカ、いい本だった。
— suyhnc (@suyhnc) 2014, 10月 30

『プシコナウティカ イタリア精神医療の人類学』
松嶋健
世界思想社
自分はどのような行動を取れば、どんな選択肢を選べば、「状況が改善する」と思えるのか。
「自己効力感 自分には何かできる感」は、文化的に刷り込まれるものであり、実際の実効とは乖離して作動し続ける。
そして、ヒトは「自己効力感」を失う(自分にはなにもできないという感覚に陥る)と、希望を絶たれ、苦しむことになる。
▶本書は、ちょい難しめの本です。厚いです。なんぼか予備知識と読破力が要ります。
一神教圏には、
「病者も犯罪者も貧者も、この世で試されている。ほかならぬ健常者も、この世で試されている。
厳しい〈この世チャレンジ〉を課せられた弱者をサポートすることによって、健常者もより高い〈この世チャレンジ〉のステージに上ることができる」
という由来の世界観がある。
日本は、
「病者や犯罪者や貧者は、我々の足を引っ張る異物(非仲間)であり不良品」
という非常に視野の狭い「我々」感を刷り込まれている層が多い。弱者や他者を排除して効率的な人間だけのツルンとした社会になれば成就がもたらされるのだ、と見做す錯誤が蔓延している。
ここはひとつよく考えてみよう。
「規格を満たす人間だけの社会が幸福だ」と見做す文化的刷り込みと、
「規格に入れず苦しむ人間を支えて救うと社会が幸福になる」と見做す文化的刷り込みと、
どっちが実際に状況を改善できるのか。
うん、ここはひとつよく考えてみよう。やれるか、やれないか以前に、こんなやり方もあるんだ!という学び。
本書の前に、浜井浩一さんの本



なども参考に。
さらに、イタリアの精神医療の現状については

でも描かれるように、21世紀の今になっても「悪魔祓い」でメンヘラに対処しているという(日本の精神医療から見れば心底扱いに困る)文化風土だということも把握しておくべき。
『こころの科学』2015年3月号に、松嶋健『プシコ ナウティカ』(今日大出版局、2014)の書評をしました。京大の博士論文をもとにした優れた書物で、特徴があるイタリアの地域精神医療の形成と現在についての、日本語の標準的な文献です。http://t.co/3BRJNufoLY
— akihito suzuki (@akihito_suzuki) 2015, 2月 24